WRITER
島袋 好一
トレーナー(寄稿)
最終更新日:2018.12.03
ここ数ヶ月このコラムを通じての情報発信が功を奏してか、旧知の野球関係の友人等を通じてトレーニング指導の要請やご質問を多くいただくくようになりました。
トレーニング医科学に関する学術研究は日々進歩するので、それにまつわる情報もどんどんアップデートされていく。野球に関する情報も例に違わずで、私のようなトレーニング指導を生業にしている者は、常に四方八方にアンテナを張り巡らし、その情報収集に余念のないように毎日を過ごしています。
わかりやすい例えをあげると、「肩や肘を冷やすから水泳はダメ」というような指導がまことしやかにおこなわれた昭和40年前後生まれの野球少年たちは結構金槌が多い。おまけに肩や肘に痛みを感じると、真夏でも患部を冷やさないようにと暑さに堪えて、練習後や就寝時にウール100%のサポーターを当てていました。
時代は流れて、それらは完全にオカルト化し、水泳は肩の可動性や柔軟性の形成に有用な運動やトレーニングになると理解されているし、投球後の肩肘へのアイシングは欠かすことのできないアフターケアとして認識されています。
そんな中、さまざまな指導現場に行っても未だに聴かれる
「あのピッチャー、ええ球放るけど……線細いから球軽いな。走り込んで、飯ようけ食べて体重増やして球重くしたらオモロイな…」
的な発言。
トレーナー的立場でいえばこの発言自体にツッコミどころ満載ですが……。物理的な条件をいえば、ボールに力を与える要素はボール自体の質量(145g前後)と加速度の2つ。ボールの重さがほぼ一定であることを考慮すれば、残されたもう一つの要素でいかに差を生み出すかが最大の要因になることは明白。
加速度の要因を、投球動作になぞらえてシンプルに考えてみると良いでしょう。下肢から体幹、上肢、指先へと運動エネルギーを連鎖させ最大の加速度をボールに与えることがそれに当たるので、その最大の仕事はボールが指先から放たれるまでにすでに完結しています。
よって、指先を離れた後にボールに特別な力が加わり、「アニメのゲゲゲの鬼太郎の妖怪こなきじじい」のごとく、石になって重さを変えるような現象は起こるはずがありません。
ではなぜ野球に携わる多くの人が「体重増加=球が重くなる」という超常現象的な定説を信じてやまないのでしょうか?
実際にボールの質量が変化していないにも関わらず、多くの人がその定説「体重増加=球が重くなる」を受け入れているのには、質量に「重さ」を感じさせてしまう理由が存在しているからでしょう。
野球に限らず、打具を使用するスポーツを経験すればわかりますが、バットやクラブ、ラケットと種目は違えどこれらの打具には、スイートスポットとよばれる最適なミートポイントが存在します。重さを感じさせてしまう最大の要因は、このポイントを外した打ち損じによる影響が大きいといえます。
野球ならいわゆる「激芯」を喰ったときの打感は驚くほど穏やかだし、止まっているボールのゴルフなら、コンベンショナルタイプのアイアンを打てばよりそれが理解できることでしょう。
スイートスポットが猫の額や鼠の額ほどの打具の打ち損じの感触は重く鈍く、そして何よりも痛みをともないます。
つまりいくつかの要因がこのポイントを外すことに貢献し、打者のスイートスポットを外させた結果が「あの投手の球は重かった……」という印象を与えているにすぎないのです。
加えて、対戦した投手の胸板や腰、お尻周りがドッシリとしていれば、よりそれは強調されてインプットされてしまいます。それとは対照的に、中日の岡田投手や楽天の岸投手に代表されるようなスリムな選手の投じる球は軽いと表現されてしまう。
実質的にはボールの出どころやリリース位置、ボールを投げだす角度、投げ出すまでのリズムとテンポ、ボールのスピン量、縫い目の向きによってもこの作用に大きな影響を及ぼします。
大いに盛り上がりを見せたWBCでは、150km/hを優に超える各国の投手のボールより西武の牧田投手の球は明らかに当たりにくかったし、ゆったりとした日本ハムの大谷投手の球は当たるのにカブスの上原投手の球は当たりにくいようなことが起こります。
またボールのバックスピン量が多ければ揚力が生じ、ミートポイントの誤差を生むし、握りや指先の力の入れ方を操作することで縫い目の向きを変えれば、空気抵抗からマグヌス力を受けボールの軌道を変える。
これらにも共通していえることは、「ボールへの仕掛けは手を離れるまでに完結している」ということで、どの投手も目の前に対峙する打者に八方手を尽くして、打ち損じを演出しているといっても過言ではありません。
投手の「打ち損じさせる能力のアップ」は体重増加のみによってもたらされるものではありません。様々な体力因子と併せて、統合的に構築されたトレーニングプログラムをバランス良く実践していくことで、それは可能となります。
体重増加もさまざまなトレーニングの適応の副産物であることが望ましいでしょう。
同じ投手でも細分化すれば選手それぞれの特異性があり、体格やフォーム、利き腕、ピッチングスタイルが異なります。当然構成している体力因子には個体差が生じます。またさまざまなトレーニング方法を駆使して体力因子を向上させたとしても、スポーツの3k(勘、経験、コツ)が相乗的に向上しないと成績には投影されません。
投手に関していえば、道具の使い方や配球の組み立て、記憶、天候による状況判断、相手の力量とのマッチング・相性、戦況の流れの読み、戦術等がこれに当たります。ノムさんなんかは徹底的にこれを説いています。
ただし体力ポテンシャルと技術が抜きんでるあまり、これらの要素を無視してもの凄い記録や成績を残す選手が稀に現れます。これがスポーツの面白いところであり残酷なところでもあります。また足りない体力ポテンシャルをこれらで補い、成績を残す選手もいます。
我々のような専門家はそれが偶然の一致にあらず、それすらどんな要因をもってそれに至らしめているのかを分析し、あぶりだす能力を磨いておくことが必要で、印象や感想によって知らしめられている事象を、時に冷徹に科学の眼を持ってそれを切り裂く勇気が必要といえます。
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島袋 好一トレーナー(寄稿)
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